1989年にイギリス最高の文学賞であるブッカー賞、2017年にノーベル文学賞を受賞し、二つの世紀を代表する小説家となったカズオ・イシグロの鮮烈な長編デビュー作「遠い山なみの光」を、『ある男』(22)で第46回日本アカデミー賞最優秀作品賞含む最多8部門受賞を果たした石川慶監督が映画化した『遠い山なみの光』。

解禁となった本編映像は、1950年代の長崎。蝉しぐれのなか、悦子がお盆にお茶をのせて、新聞を読みながら食事をとる夫・二郎の前にそっと差し出すシーンから始まる。新聞には「幼児絞殺 三人目」と陰惨な事件の記事。二郎は苛立ちを隠せず、「正気の沙汰じゃなか」と吐き捨てる。戦争で右手の指を失くし、茶碗を持つことも不自由な二郎は、悦子の差し出す漬物に「しょっぱすぎじゃなかか」と言いながらも、子を宿す妻・悦子をいたわり「君だけの子じゃなかけん」と優しく声をかける。悦子は、二郎に代わってネクタイを締めてやり、会社へと送り出す。朝の何気ないひとときに、二郎の傷痍軍人として生きていく思い、家族を思いやる心――そして自分の心に蓋をしながら夫の世話を甲斐甲斐しくやく悦子の抑圧された心情が、ありありと映し出されたシーンだ。

二郎が出かけ、1人になった家で押し入れからそっと取り出したのは、悦子が集めた美しい品々を収めたバスケット。窓辺に腰かけ、風鈴の音に耳を澄ましながら一つひとつを愛おしそうに眺める。それらは彼女を、いまの暮らしから憧れの「遠いどこか」へと誘う夢のかけらだった。ふと、下の団地から住民の声が聞こえる。視線を上げた先で目にしたのは、河岸のバラック小屋の前で、さきほどまで見つめていた雑誌から抜け出したようなモダンな装いの女性が、米兵を自宅へ迎え入れていた――。
戦後間もない長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出。いままさにその物語が始まる、そんなひと時を捉えたシーンとなっている。
■映画『遠い山なみの光』本編映像解禁!蝉しぐれが聞こえる団地で、朝食のひと時を過ごす2人【9月5日(金)全国ロードショー】
9月5日(金) TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー